トレジャー5/2

秋色ラズベリー■水樹 みねあ■
[後編]


   
烈たちと別れて、豪樹は空港へ向かった。

今日はネロがアメリカから帰ってくる日なのだ。
 
くっついたり離れたり。
 欲しい物を素直に欲しいといえないネロと、天邪鬼の扱いに慣れている二人の距離は、
豪樹の献身的な努力と気遣いで、少しずつ縮まっていった。
 最も、豪樹の他人への接し方は、小学生のころから少しも変わっていないのだが。

「ただいま」
「おかえりー」
 会うたびに少しずつ背が伸びてる。
 同い年なのだから当然なのだが、そのうち、追い越されるんじゃないかと思うと、ちょっと、悔しい。
「来月誕生日だよね? 欲しいものある?」
「ん……あんまりないなあ」
「どこか行きたいとこある?」
「んー……」
 考えてみると、豪樹はネロに対してわがままらしいわがままを言ったことがない。
 豪樹の望みはいつでもささやかなものだから。
「オレ、ネロがいれば、何にもいらねーよ!」
 
 その週の金曜日は雨が降っていた。
「せっかく作ったのになー。冷めちまうじゃんよー」
 カフェの味を再現しようと、一週間ねばった結果、豪樹はラズベリーパイをマスターすることに成功した。

 星馬家を訪ねるのは久しぶりだ。
本来なら電話を入れるべきなのだが、うっかり携帯電話の番号を聞き忘れたのだ。
「こんにちはー」
 呼び鈴をピンポーン♪と鳴らすと、しばらくして烈が顔を出した。
「…………豪樹くん?」
「あ、寝てた?」
「ちょっとね……。今日はバイト休みなんだ。上がりなよ」
 ラズベリーパイと、招待状をさし出すタイミングを逃し、豪樹は勧められるまま烈の部屋にあがりこんだ。
 
 ……なにか、おかしい。

 烈は見るからに具合悪そうにしているし、豪は出掛けているのか、顔を見せない。部屋のカーテンは半分窓を隠している。
「大丈夫か?」
「……」
 カーテンの隙間から差し込む午後の光が、烈の頬を照らした。
「……」

 なんで、泣いてるんだ?

 ぎゅっと肩に廻された腕に豪樹は硬直した。
「ごめん……。しばらくこうしててくれないか……?」
  「……うん」
 
 時間にしたら、ほんの十五分程度だろう。しかし、わけが解らない豪樹には、とても長い時間に思えた。
 そのうち、なんとなく、悟った。
 烈を受け止めるべき、豪がいないことに。
 ……ごめん、と烈はそっと体を離した。
「いいって。それより……どうしたんだ?」
 一週間前に、楽しそうに鞄を買っていた豪の様子を見れば、次の言葉は予想できた。

「豪が……出ていったんだ」
 
 成田空港まで見送りに行ったこと、途中で解かれた豪の手。
「あの手を離しちゃいけなかったんだ」
 ずっとずっと好きだった。
 いつまでも二人でいるものだと……思い込もうとしていた。
 表向きはただの旅行。でも。

 ……きっと、豪は二度と戻らない。
 そして、自分がイタリアの土を踏むことは無いと、烈には解っていた。
 
「……離れたって、豪が烈のこと嫌いなわけない」
 自分の言葉がどれだけの慰めになるのか、さっぱり豪樹は自信がなかったが、それだけしか言えなかった。
 もし……烈矢が、ネロが、自分から離れていったら?
 想像するだけで、烈の悲しみが伝わってくるような気がしたから。
「……ありがとう」

 ラズベリーパイを二人で食べながら、豪樹は招待状を手渡した。
 今日は十月一日、豪樹の誕生日。
「そうだったんだ?」
「久しぶりにみんな集まってパーティーするっていうから。日曜日なんだけど……来る?」
「もちろん。喜んで行くよ」
 おめでとう。
「今日は……ありがとう」
 突然の烈のキスに、豪樹はわっと飛び上がった。

 十月三日は、週末の雨が嘘のように晴れた。
 パーティーが終わり、烈を駅まで送ってから豪樹はネロの車に乗り込んだ。
「連れて行きたいとこがあるんだ」
 そこは郊外のコスモス畑。
 烈が言っていた、コスモスの花言葉は『愛情』。
 花も綺麗だけど、空も晴れてる。
「なあネロ」
「なに?」
「オレが急にいなくなったらどうする?」
「どうもしないよ」
 即答され、豪樹は肩から倒れそうになった。
「なんで!」
「だって、どうせすぐに会いたくなるから」
「なんでそう思うんだ?」
「僕はいつもそう思ってるから。豪樹は違うの?」
 
 とても本人の前じゃいえないけど。
 口に出さないけど。
 ……豪樹だってそう思ってる。
「っとに、自信過剰だよなー」
「ふふっ」
 誕生日おめでとう、額をコツン、と合わせて、軽く唇を合わせた。
 さらさらした金色の前髪からのぞく両目が、豪樹はとても好きだ。

 ……本人には秘密だが。

 照れ隠しに空を見上げる。
 秋の空は高く、澄み切った青をしていた。
 どこか豪の瞳を連想させる明るい青。
 その風の下で揺らめくコスモスがあたり一面をピンクに染めていた。
   晴れているうちに、もう一回、烈にラズベリーパイを作っていこうと思った。
 烈が元気を出してくれるように。ここのコスモス畑を見れば気分も変わるかもしれない。

「豪樹、今、ほかのこと考えてたでしょう」
「えーなんで解った?」
「なんでって……。僕はいつも君を見てるから」
 くすっと笑ったネロは、少し背伸びをして口付けた。

 大好きだよ、と一言付け加えて。






■ あとがき

本っ当に久々のMAXです! こちらは、淋田様のお誕生日プレゼント、ということで、
豪樹と烈を出してみました。本命はネロ豪樹なんですよ私v
豪樹は料理が上手なんだよねー、ということで、パイを焼かせてみたり。
豪くんだと、パイとかケーキとか、手のかかるものは作らないのでなんだか新鮮だ(笑

捧げ物ということで、甘目にしてみました。
物足りなかったらごめんなさい!

豪樹大好きだー!



■読んで字の如く、「ひまわり館」の水樹みねあ様から誕生日プレゼントとして
強奪してきました♥(待て)あげく、その後書きまで欲しいと言いやがりましたよ〜!
(…珍しいと言われるも快くご承諾頂き、ありがとうがざいます♥)あたり前ですよ、
奥さん(誰ですか)、最後にしかと「豪樹が大好きだ」なんて告白(オイ)を見逃す訳
にはいきませんよー!ウチの妄想の本命をもそれとなく考慮にいれて書かれてく
ださり、ありがとうございました!……感想としては、人のこと言えない身で在りな
がらも「こら、豪樹…やめなさい、迂闊に近寄ると危険だってー!」でしたよ。(笑)

で、でもね実は…




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